大山祇神社 愛媛県今治市大三島町

国宝めぐり

国宝巡り

宝物館  -宝物の紹介-

全国の国宝・国の重要文化財の指定を受けた武具類の約8割が、ここ大山祇神社宝物館に保存展示されています。甲冑の保存は全国一で、日本最古の平安中期の鎧をはじめ、鎌倉期~戦国時代まで各時代の代表する名品が展示されています。故に、当地大三島は「国宝の島」とよばれています。

国宝 禽獣葡萄鏡  唐時代

径26.8㎝ 重さ3,346g  斉明天皇御奉納

越智大領守興(当神社祭司者)が日唐戦争(白村江の戦い)に際し、勅命によって出陣のとき、斎明天皇が勅願奉納された唐鏡と伝えられ、唐時代初期、東洋随一の最優品大型白銅鏡である。

国宝 紺絲威鎧・兜・大袖付    平安時代

河野通信奉納

越智国造の子孫伊予国守護職河野四郎通信は、三島水軍百五十艘の兵船を引連れて讃岐屋島の義経の麾下に参じ、壇ノ浦合戦に活躍した武将で、戦勝の御礼に奉納したものである。この鎧は小札が幅広く雄大で、威毛も太く、まさに、「大荒目」の鎧の名に負う、日本三大鎧の一つである。

国宝 赤絲威鎧・大袖付  平安時代

重さ 16.8㎏(台付) 伊予守源義経奉納

赤絲威鎧・大袖付 平安時代

これは鎧と胴丸の特色を兼備した特殊の形状の鎧である。平安末期における都の巧技をみるべき希有の優品であり、所伝が首肯される。源義経が源平合戦に大勝を収めた後、武将佐藤忠信をして代参奉納せしめた「八艘飛びの鎧」と呼ばれる。現存では唯一である。

国宝 紫綾威鎧・大袖付   鎌倉時代

重さ 23.4㎏(台付) 源頼朝奉納

国宝 紫綾威鎧・大袖付 鎌倉時代

鉄と革の平小札を一枚交ぜとし紫地小葵文綾をもって威し、金具廻・革所は襷入獅子円文絵韋をもって包み、要所に金銅地板を伏し車輪文金物を打った荘重典雅な鎧で、鎌倉初期の典型的遺品である。綾威の類例は極めて尠く、厳島神社の浅葱綾威鎧と当社の四領などが挙げられる。

国宝 澤瀉威鎧・兜・大袖付  延喜時代

越智押領使好方奉納

この鎧は藤原純友追捕のため越智押領使好方(越智国造の一族)が勅により錦旗を戴き、出陣戦勝の御礼に奉納したものと伝え、法隆寺伝来御物沢瀉威鎧雛形とともに、鎧としては最古の遺品である。胸板、壷板、障子板、冠板などの染韋包の金具廻と称する部分と綿噛、弦走韋、蝙蝠付、兜の吹返などいわゆる革所はないが、ほぼ一領分の小札板を存している。

重要文化財 熏紫韋威胴丸・大袖付  平安時代

木曽義仲奉納

素朴簡雅にして、しかも豪壮な趣のある胴丸で、小札は雄大で、胸板や袖の冠板の形状は狭小であり、また胴が裾広がりである点など、総じて古式であって所伝の時代が首肯される。現存胴丸中最古のしかも唯一の貴重な遺品である。木曽義仲、平家を西国に追い、都に在るとき河野通信に平氏追討を計り、この胴丸を社前に奉納したと伝えている。

重要文化財 紺糸裾素懸威胴丸  室町時代

重さ 8.0㎏(台付)

重要文化財 紺糸裾素懸威胴丸  室町時代

この胴丸は兜・大袖を欠いているが、胴の構造極めて細緻で、胸廻りが著しく広く、胴尻が細く引締って引合せと脇板に二間と三間の冠板を付け、草摺は十一間に分けるなど、普通の胴丸にはみられないめずらしい構造である。社伝に天文十年(1541)の大三島合戦に、太祝安用の息女鶴姫が着用した胴丸と伝えている。

国宝 大太刀 銘 貞治五年丙午千手院長吉  南北朝時代

身長136㎝ 反り4.8㎝ 重さ2,400g 後村上天皇御奉納

鎬造、庵棟、反り高く大鋒で、鍛えは板目柾がかり、刃文は小互の目に小乱交り小沸つき、帽子尖りごころに返る。表裏に丸留の棒樋に連樋を彫る。茎は生ぶ。鑢勝手下り、佩裏に表記の銘がある。南北朝時代に流行した大太刀で何等の破綻もなく出来の優れたしかも健全な名刀である。長吉は大和国千手院派の刀工。

国宝 牡丹唐草文兵庫鎖太刀拵  鎌倉時代

総長96㎝  護良親王奉納

国宝 牡丹唐草文兵庫鎖太刀拵  鎌倉時代

白鮫着の柄、板金を伏せた鞘は共に長覆輪を懸け、総金具に牡丹文彫を施した金銅造の太刀で、帯執に兵庫で用いたと伝える鎖を用いているところからこの名がある。鎌倉武士は競ってこれを佩用したので、幕府は華美に過ぎるとして禁令を出したことが「吾妻鏡」に見えている。まさしく所伝が首肯される太刀である。

国宝 大太刀 無銘 伝豊後友行  南北朝時代

身長180㎝ 反り5.4㎝ 重さ4,950g  附 野太刀拵(大森彦七所用、大森直治奉納)

鎬造、丸棟、鳥居反り、大鋒。鍛えは板目大肌交り地沸つき、刃文は小乱れ小のたれ交り小沸つき、帽子は小丸やや長く焼下げ、表裏に丸留の棒樋を彫る。茎は生ぶ、勝手下り、先栗尻、地刃の出来優れ、且つ一尺(40㎝)余の生ぶ刃がある程に健全であり、南北朝時代の豊後友行の作と鑑せられる。

重要文化財 長巻 銘 宗吉 鎌倉時代

身長105㎝ 重さ2,080g

大太刀に茎を継足して薙刀として使用したものである。鎬造で鍛えは板目流れ、刃文は直刃調の小乱である。薙刀は上代の鉾にかわって平安時代以後盛行した武器であるが、その遺品は少ない。このような鎌倉時代から南北朝時代にわたる古いものが、一括して伝存していることは珍しい。

重要文化財 塗籠所糸巻弓 鎌倉~南北朝時代

身長226.5㎝ 重さ960g

所々麻糸巻とし朱塗を施す。气上外面に「奉施入三島大明神御宝前貞治二年十一月二十二日願主越智守綱」の墨書銘がある。

重要文化財 黒漆塗革張冑鉢 中国・元時代

鉢高28.5㎝ 前後径23㎝ 左右径22㎝ 重さ1,320g    河野通有奉納

樫実形表裏二重革張の冑鉢で、鉄唐草銀象嵌の筋四間を伏せ、頂返に鉄筒のついた伏鉢形立物台を付し、忍冬形鋲座を造り出した鉄腰巻板をめぐらし、正面下端は眉形とし、子持花先形眉庇を折立て唐花唐草の銀象嵌を施す。筋や眉庇に施された銀象嵌の文様や腰巻の意匠などに元時代の特色が認められる。これも河野通有の奉納にかかる蒙古武将の冑である。

重要文化財 鯨鬚張半弓 附木篦箭 五隻  中国・元時代

弓総長178.0㎝ 厚3.5㎝ 篦箭総長98.4㎝ 重さ690g    河野通有奉納

木心の本末に水牛角の弭をつけ、胴の四面に革を張り重ね、表外両面に鯨鬚を張合せ、更にその上に樺皮を巻き、弭の両端と相打の表に雷文繋を薄革象嵌で表わし、外面には斜格子文筋押の薄革を張り、弭には紺麻布を巻いた半弓である。この弓箭は中国の製作にかかるものと見られるが、特に气と相打の部分に施された意匠には元時代の特色が認められ、文永・弘安の役に尽した河野通有が奉納したという社伝が首肯される。

重要文化財 革箙 平安時代

総高42.5㎝  重さ315.0g  和田小太郎義盛奉納

儀仗の胡淨に対して兵仗の矢を盛る器を箙と云い、逆頬箙、葛箙、柳箙、竹箙、塗箙、筑紫箙などがある。これは黒塗の皺韋で包み、正面に韋を結んだ蜻蛉形をつけた革箙である。これは『平家物語』「遠矢の巻」に、壇ノ浦合戦に岸から平家の軍船に射込んだ矢を新中納言知盛が、召寄せて見るに「沓巻より一束計おいて和田小太郎義盛と漆にてぞ書付たる」とある三浦党の義盛の奉納と伝えている。

重要文化財 木造扁額 平安時代

額文「日本總鎮守大山積大明神」 縦103㎝ 横70㎝ 藤原佐理筆

藤原佐理が一条天皇の正暦年中、太宰大弐の官を罷めて都に帰る途中、伊予の海上に仮泊したが、偶々風涛のため船を出すことが出来ず、神託によって当社の扁額を書いたので初めて出帆することが出来たと伝えられる額である。

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